今回は「『外に出たらタクシーは自由』という幻想・・・・KM裁判で敗訴したKmのタクシー歩合制の前提」を書こうと思います。・・・・長くて草😱😱😱
とりま、結構古い事件になりますが、平成27年に東京の大手タクシー会社のKmグループの国際自動車7社に対して、退職者68人を含む乗務員ら178名が、不払残業代約2億9510万円の支払いを求める訴訟を東京地裁に提起しました。この事は以前書いていたソネットのブログでも書いた記憶が有ります。古すぎて草🤷♀️
タクシー業界では長年、歩合制は「当たり前」の賃金制度とされてきました。その理由として、よく挙げられてきたのが次の説明です。
・乗務員は一度出庫すれば、会社の目が届かない。・だから成果で評価するしかない。
このタクシー業界の常識を、法廷の場で正面から言語化したのが、いわゆるKm裁判です。
そしてこの裁判は、単なる労使紛争ではなく、タクシー業界が無意識のうちに前提としてきた「働かせ方」そのものを浮き彫りにしました。
【Km裁判でKm側が主張した核心】
Km=国際自動車側の主張は、終始一貫していました。その主張は、タクシー乗務員は出庫後、会社の直接的な指揮監督が及ないので、したがって、労務提供の量や質を時間で管理することは困難で、具体的には、
- どこを流すか?
- どこで待機するか?
- どの時間帯にどれだけ本気で働くか?
これらを会社が逐一把握・指示することはできない、という認識です。
そのため、昔の固定給制度では真面目に働く乗務員と、そうでない乗務員の差を賃金に反映できない
と主張しました。
【「だから歩合制」というKm側の論理】
Km側は、この前提から次のような結論を導いています。
- 管理できない労働を時間給で評価するのは不合理じゃネ
- 成果に差が出る以上、賃金にも差が出るのが公平じゃネ
- 売上という結果で評価するしかないんじゃネ
つまり、👉 歩合制(出来高制)は、業務実態に即した合理的な制度である・・・という論理です。
ここで重要なのは、この主張が「乗務員の怠慢」を非難するものではなく、管理が難しい業務形態を前提にした経営上の説明である点です。
【裁判所が引いた一本の線】
裁判所は、Km側の主張をすべて否定したわけではなく、
- 出庫後の自由度が高いこと
- 現場での管理が容易ではないこと
これらは事実として認めました。
しかし、その上で明確に次のように判断していて、「管理が難しい」ことと「管理しなくてよい」ことは別って事です。
労働時間の把握や健康配慮、最低賃金の確保といった義務は、業務形態を理由に免除されるものではないとしました。
つまり、「管理できないから、だから歩合制」という飛躍は、労働法上は認められないという判断です。
【歩合制の正体管理の・・・・代替装置】
Km裁判を通じて浮かび上がったのは、歩合制の本質です。歩合制とは具体的に、
- 労務管理の代替
- モチベーション管理の外注
- 売上リスクの労働者側への転嫁
換言すれば、会社が「管理できない」と感じた部分を、賃金制度=給与で処理してきたとも言えます。
【なぜこの裁判はいまも重要なのか?】
今も語られるこの裁判の重要性は、「Kmが悪い」、「歩合制が悪い」という単純な話にない点にあります。
問題の本質は、・業界の常識として続いてきた歩合制の前提・それが法の論理と真正面から衝突したこと
ここにあります。
近年、国交省がタクシー乗務員を「エッセンシャルワーカー」や「誇り高い職業」といった言葉を強調する背景にも、この構造的な超が付くほどの矛盾が横たわっているように見えます(苦笑)。
【纏めると】
KM裁判は、次の問いを業界に突きつけました。
タクシー乗務員の仕事は外に出たら自由な仕事ですが、本当に「管理できない仕事」なのでしょうか?。
それとも、「管理する努力を放棄してきた」だけなのでしょうか?。
歩合制は、確かに合理的だった時代もありましたが、しかし現在、その前提は静かに、しかし確実に揺らぎ始めている様に見えるのは自分だけ?・・・・知らんけど(笑)🙂
・・・・そう言えば大阪の乗務員で仕事中に麻雀やパチスロにやサウナに行っている事を平気で語っているYoutubeを毎日投稿してる頭が?な人がいる様な・・・・(笑)って草。
正にkmが心配していた乗務員の様で草WWWW🤷♀️


