今回は「今回は「自動運転の面白い逆説」を書こうと思います。
とりま、自動運転の話題になると、必ずと言っていいほど登場する言葉があります。・・・・ それが夢の「完全自動運転」です。
多くの人が思い描くのは、ハンドルもペダルもない車が街中を自由に走り回り、人間はただ座っているだけの未来だと思います。
しかし、現実に進んでいる自動運転の姿は、そのイメージとは少しいやいや、かなり違っています。
そこには、技術が進歩すればするほど、人間の役割が消えるどころか、むしろ別の形で強化されていくという「逆説」が存在すと自分は思います。
【レベル4は「無人走行」だが「無人運用」ではない】
現在、世界各地で実用化が進んでいる自動運転は、SAE基準でいう「レベル4」です。
アメリカのWaymoや中国のApollo Goでは、すでに運転手なしのロボタクシーが営業運行しています。
しかし、ここで重要なのは、完全に人間が排除されているわけではないという点です。
実際には、
- 遠隔監視センター
- オペレーター常駐
- 緊急時の遠隔介入
といった人的サポート体制が必ずセットになっています。
つまり、車内にこそはいないが システム全体としては、常に人が関与している、これが、現在のレベル4の正体です。
【ではなぜ人間は消えないのか】
理由は非常にシンプルで、 現実の道路環境は、想定外の連続だからです。
工事による即席規制、事故による突発的な通行止め、警察官の手信号、落下物、悪天候等々、 これらすべてを、AIが100%安全に処理することは、現時点では不可能です。
だからこそ、「AIが迷った時、最後に頼るのは人間」という構造が残ります。
だから自動運転は、「人間を運転から排除する技術ではなく、人間の配置を自度運転の監視に変える技術」だと言えるのではないでしょうか?。
【レベル5になれば人は不要なのか?】
理論上、レベル5は「完全自動運転」です。 どんな道路環境でも、どんな天候でも、AIだけで走行できるとされています。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。・・・・それは、責任の所在で事故が起きた時に、 「AIが判断しました」 で社会が納得するでしょうか?。
おそらく答えはNOだと思います。
- 誰が責任を取るのか
- 誰が安全を担保するのか
この問題を解決するため、制度上、人間の管理体制はほぼ必須になる様な気がします。
結果として、たとえ技術的に人間が不要になっても、社会制度として人間は残るのでは無いかと思います。
【自動運転の面白い逆説】
ここに、自動運転が抱える最大の逆説があります。それは、技術が進化すればするほど、人間は「運転」から解放されるが、 「管理」からは解放されないっていう事です。
これは航空業界と非常によく似ていて、 現代の航空機は、ほぼ自動操縦で飛行していますが、 管制官・運航管理者・整備士が消えることはありません。
自動運転も同じ道を辿るでは無いかと考えます。🤷♀️
【完全自動運転というのは幻想か?】
「完全自動運転社会が来れば、運転手は不要になる」・・・ この考え方は、技術的には魅力的ですが、社会的にはかなり危うい幻想です。
実際には、
運転手 → 遠隔オペレーター
現場 → 管制センター
という役割の移動が起きるだけです。
むしろ、 1人が10台、20台を監視する世界が到来すれば、 新たな労働負荷や責任集中の問題が生まれます。
【おわりに】
自動運転は、単なる技術的革新ではなく、自度運転は、人間社会の「責任構造」を再設計する試みでもある様な気がします。
「レベル5という完全自動運転」という言葉に踊らされるのではなく、 その裏側にある運用方法・法的制度・人の心理の問題まで見渡してこそ、 自動運転の本当の姿が見えてくるのではないでしょうか?。😊 」を書こうと思います。
