今回は「同じ「メーター忘れ運転」でも結論が真逆になる理由」を書こうと思います。
とりま、タクシー乗務員の「あるある」(笑)だと思いますが、「メーターの入れ忘れ」と降車後にのメーターそのままにして賃走る「空っ走り」ではないでしょうか?・・・・恥ずかしながら15年も乗務していても偶にあって自分でも草です。
「メーターの入れ忘れ」と降車後にメーター空車にせずそのまま賃走にして走る「空っ走り」はどちらも100%自分の責任なので自分の馬鹿さ加減を呪うしか有りません。😱
この前、ネットの海を様っていると、韓国のオンラインコミュニティに1月7日「メーターを入れ忘れた運転手から追加料金を請求された。払うべきか」とする投稿が掲載され、多くのネットユーザーは「無料になるわけがない」との反応を示しているそうです。
要は、韓国である人がタクシーに乗車したところ、運転手がメーターを入れ忘れたまま走行し、途中で気づき、降車時に「本来の運賃より少し多め」に請求したって事の様です。
この件に対し、韓国のネット上では、「乗客が乗った分を払うのは当然」、「乗客がその分を無料にしろという方が図々しい」といった声が多く見られました。
日本の感覚からすると、ここでまず違和感を覚えます(苦笑)。日本なら、運転手が自ら請求することはほゞほゞ有地ません。(笑)
【制度の違い、日本は「メーター=唯一の正義」】
日本のタクシー制度では、
- 運賃は国の認可制
- 正当な運賃はメーター検査を通った「メーター表示額のみ」
- 失メーター未使用は事業者側の過
と整理されています。
そのため、「走った事実があるか」ではなく「正しい手続きで算定されたか」が制度上の判断基準になります。結果としてメーターを入れ忘れたら請求しない・・・・これは美談でも善意でもなく、制度対応です。
【責任の置き方、日本は「提供者が全責任」】
日本では、タクシー運賃に関して
- ミスの責任 → 100%提供者側
- 利用者は守られる側
- 調整や交渉はトラブルの元
という考え方が徹底されています。だからK国の様に乗務員が「少しでも払ってください」と言えば、それ自体が不当請求リスクになります。
【ここからが本題:商慣習の決定的な違い】
【K国の商慣習:「実態ベースで帳尻を合わせる」】
K国では、タクシーに限らず取引全般で
- 実際にサービスを受けたか
- 双方に悪意はないか
- 妥当な範囲か
といった実態と公平感が重視される様です。そのため今回のケースでも「メーターは忘れたが、移動サービスは提供された」→「ならば相応の対価は払うべき」・・・・という判断が自然に受け入れられている様です。
【日本の商慣習:「ルールを外れた瞬間に無効」】
一方、日本の商慣習は真逆です。
- ルールから外れた時点でアウト
- 事情説明より形式が優先
- 例外は作らない
つまり、正しくない手続きで提供されたサービスは、請求の根拠を失う事になり、だから日本では
「今回はメーターを入れ忘れましたが、距離分だけでも・・・・払ってネ」この発想自体が日本のタクシーの商慣習に合わないのです。
【「請求できる社会」は「値引きもできる社会」】
K国型の商慣習では、
- 請求する
- 減額する
- 状況で調整する
これらは同じ線上にあります。
一方、日本のタクシーの商習慣では
- 請求もNG
- 値引きもNG
どちらも「裁量を認めない」ことで公平性を保っています。
【国民性ではなく「構造の違い」】
この違いは「日本人は真面目、K国人は交渉的」・・・といった単純な国民性論では説明できません。
- 日本:制度が裁量を封じている
- k国:制度が調整を許容する
制度が商慣習を作り、商慣習が行動を決めているという構造の違いの様に思います。
【纏めると】
日本のタクシーは「準公共交通」としての公平性を最優先
- 韓国のタクシーは「商取引」としての実態調整を重視
- 同じミスでも、制度・商慣習・責任の置き方が違えば結論は真逆になる
今回の事例はこんな些細な出来事がネットニュースに乗り、そのタクシーという身近な存在が、k国の社会のルール設計をいみじくも映す鏡であることを示している様ですが・・・・・どうなんでしょう?。🤷♀️

