自動運転はなぜ「お見合い」をするのか?・・・・「完全遵法」から「安全な違法」へ

タクシーの話題

今回は「自動運転はなぜ“お見合い”するのか──「完全遵法」から「安全な違法」へ(苦笑)、日本が遠回りした理由」を書こうと思います。 

とりま、最近は何も書く事が見当たらないので、自動運転の事を書いていて自分でも(笑)です。😱 

最近ネットを見ていると、海外で「自動運転車同士がお見合いして動かなくなる」ニュースや「ロボタクシー同士が駐車場でクラクションを鳴らし合う」といった、少し不思議な光景が相次いで報告されています(苦笑)。 

一見すると珍しいトラブルのようですが、実はこれは自動運転開発が抱える根本的な問題を非常に分かりやすく示した現象の様です。そして同時に、日本の自動運転がなぜ世界から大きく遅れてしまったのか、その理由もここに集約されている様です。 

【日本がこだわり続けた「完全な遵法運転」】 

日本の自動運転は長年、法律を1ミリも破らないこと = 安全・・・という思想のもとで開発されてきました。 

道路交通法を細かく分解し、「この条件ではこう動く」、「ここでは必ず止まる」といった交通ルールを積み重ねて制御する、いわば模範解答型のAIでの開発をしてきました*す。 

この背景には、 

  • 事故責任を極端に恐れる社会構造 
  • 行政指導と認可制度の重さ 
  • 炎上リスクへの過敏な反応 

といった、日本独特の事情が有る様です。 

その結果、「絶対に間違えない運転」が最優先され、実際の道路で普通に走れるかどうかは、後回しにされてきました(苦笑)。 

【現実の道路は、そもそも「安全遵法」で回っていません】 

しかし、実際の交通はどうでしょうか?。 

  • 路上駐車を避けるため、少しセンターラインを踏む⇒違法 
  • 工事現場では信号より誘導員の指示を優先する 
  • 渋滞時、後続を詰まらせないために交差点内へ進入する⇒ 

これらは厳密に言えば違反ですが、日常の運転ではごく当たり前に行われています。つまり、現実の交通は、 

完全な遵法 = 正解という世界ではなく、多少の融通と暗黙の了解によって成り立つ社会システムだと言えます。 

人間のドライバーは、こうした判断を「空気」や「流れ」、「勘」で自然に処理していますが、AIには遵法で設計されているので、それができません(苦笑)。 

【なぜ自動運転同士は「お見合い」するのか】 

海外で頻発している「お見合い現象」は、その象徴的な例です。狭い道路で対向車と出会った場合、人間であれば、相手も迷っている、では自分が行こう。と、どちらかが腹をくくって動きます。 
例えば、① Waymo vs Waymo の膠着(米アリゾナ州)では狭路で2台のWaymoが8分間停止→ 後続車が詰まり、オペレーター介入
② Cruise車両群の集団停止(サンフランシスコ)では工事区間で複数台が相互待機
都市の一部で渋滞発生
③ Baidu Apollo Go 同士のホーン合戦(中国武漢)ではロータリー進入で
→ クラクション鳴らし合い → 双方停止 → 後続クラクション地獄

これらはすべて、ルール遵守 × 相互譲り合い × AI同士が作り出した “人工的交通渋滞” です。

しかし自動運転同士の場合、 

  • 相手が譲る可能性がある → 待つ 
  • 相手も同じ判断 → 待つ 

という判断が同時に下され、結果として誰どちらもも動かず、延々と停止してしまいます(笑)。・・・・これが、自動運転同士の「お見合い」の正体です。 

【クラクション合戦というAIの迷走】 

海外では、クラクションは威嚇というよりも意思表示として使われる文化がるそうです。そのため、ロボタクシーにも軽いホーンで進行意思を示す機能が組み込まれています。 

ところが、 

  • クラクション → 相手が譲る合図と解釈 
  • 双方が停止 
  • 再びクラクション 

という状況が繰り返され、クラクションの鳴らし合いになってしまうケースが報告されています(笑)。 

まるで、譲り合い精神だけを極端に強化した初心者ドライバー同士が、永遠に道を譲り続けているような光景で草です。🤷‍♀️ 

【交通は「協調」ではなく「競合」で動いています】 

ここに、車の運転ではなく、 実際には、限られた空間を奪い合う競合システムとして機能しています。 

交差点、車線、進路、わずかなすき間・・・・ これらはすべて、限られた資源ななので人間はそこに、 

  • 一瞬の判断 
  • わずかな強引さ 
  • 空気を読んだ割り込み 

を織り交ぜることで、人は交通全体を円滑に回していますが、しかし自動運転は、この「人間的なズルさ」を排除した結果、誰も前に出られない交通社会を作ってしまいました。 

【「安全な違法運転」への思想転換】 

こうした反省から、海外では設計思想が大きく転換しました。それが、「完全な遵法運転」から「 安全な違法運転」へという考え方です。 

これは、無謀な違反を推奨するものでは無く、 

  • 事故リスクが極めて低い 
  • 交通全体が円滑になる 
  • 社会的に運転するうえで黙認されている 

こうした行為については、あえて許容する設計へと切り替えています。 

言い換えれば、ルールの文字よりも、結果としての安全と円滑さを優先する、という割り切り型の運転ルールです。 

海外のロボタクシーが、やや強引に見える進路取りを行うのは、この思想に基づいています。 

【日本が遠回りした本当の理由】 

日本の自動運転が遅れた原因は、技術力の差では無く、最大の理由は、失敗を許さない社会構造と、日本人特有の極度の遵法至上主義にあります。 

止まる自動運転は安全だと評価されますが、しかし、動いてトラブルを起こす自動運転は厳しく批判されます。 

その結果、走らないAIは安全、走るAIは危険だという、奇妙な評価軸が生まれてしまいました。 

海外が「走りながらAU学ぶが」道を選んだ一方で、日本は「止まりながらAI検討するが」道を歩み続けてきました。この差が、そのまま現在の実力差につながっています。 

【自動運転は、少し「図々しい」くらいでちょうど良いのでは?】

 皮肉なことですが、交通を円滑に流すためには、人間の様に少し強引で、少し空気を読まず、少し図々しいAIの方が、実は社会に適応しやすいと言えます。 

礼儀正しく、譲り合い精神に満ちた日本型AIほど、交通社会では動けない存在になってしまいます。 

自動運転が本当に社会に溶け込むためには、人間の不完全さや曖昧さを受け入れる覚悟が必要なのかもしれません。 

【結論】 

海外で起きている、 

  • 自動運転同士のお見合い 
  • クラクション合戦 
  • 交差点での集団停止 

といった現象はすべて、 安全運転」という正しさが生んだ副作用です。 

そして日本がようやく踏み出した「安全な違法運転」への転換は、正しさよりも、現実を選ぶ決断だと言えるでしょう。・・・・知らんけど(笑) 

遠回りではありましたが、ようやく日本の自動運転は人間社会の現実に足を下ろし始めたように感じます。🙂👌