今回は「1500cc・7人乗り・特定大型――タクシー制度が生んだ「制度的怪物」という死に仕」を書こうと思います。
とりま、以前に書いた事が有るトヨタ・シエンタですが、 排気量1500cc、街中ではごく普通のコンパクトミニバンです。
首都圏、少なくとも東京23区・武三地区、横浜・川崎、千葉京葉、埼玉南部といったエリアでは、シエンタは原則として「普通車」扱いになっています。実際に利用しても、運賃面で特定大型扱いを意識することはほとんどありません。
ところが、地方部や一部地域では、このシエンタが「特定大型車」扱いとなり、普通車より高い運賃が適用されるケースが少なく無いようです。
同じ車なのに、地域が違うだけで「普通車」になったり「特定大型」になったりする。
この時点で、すでに制度の分かりにくさと違和感は明らかです。
【1500cc・7人乗り・特定大型という“制度的怪物”】
シエンタには7人乗り仕様があります。制度上、この「7人」という数字が、特定大型に分類される根拠になります。草
しかし、タクシーとしての実態を見ると、この7人乗りという設定は、ほぼ死に仕様で草仕様です(笑)。
3列目は大人が長時間座れるほどの余裕はなく、荷物があればさらに厳しくなります。加えて、最近は違ってきていますが、タクシーでは助手席を使わない運用が基本野々でそのため、実用上の定員はせいぜい4人が限界です。
つまり・・・・・設計上は7人でも、実用上は4人。
という大きな乖離が存在します。
それにもかかわらず、制度は「7人乗れる」という最大値だけを基準にし、1500ccの小型ミニバンを特定大型車へと分類してしまいます。
こうして誕生するのが、1500cc・7人乗り・特定大型という「制度的怪物」です(笑)。
【首都圏では普通車なのに、なぜ他地域では特定大型になるのか】
ここが、この問題の核心です。
首都圏では、シエンタは普通車扱いが定着しています。その理由は、現実の利用実態を優先しているからです。
首都圏のタクシー利用の大半は、
- 通勤・通院
- 買い物
- 駅〜住宅地
といった1〜2人利用が中心です。7人フル乗車というケースは、ほぼ想定されていません。そこで、
実際に何人乗せているか?を基準に、シエンタを普通車として扱う運用が定着しまし。
一方、地方部では事情が異なります。
地方では、タクシーは単なる都市交通ではなく、
- 観光輸送
- 空港送迎
- 団体移動
- 高齢者送迎
といった多目的輸送手段として使われます。その結果、「7人乗れる構造」=「多人数輸送用」という、制度上の建前がそのまま適用されやすくなります。
つまり、
- 首都圏 → 実用定員ベース
- 地方部 → 構造定員ベース
という考え方の違いが、同じ車に異なる運賃区分を生み出しているのです。
【駅に入れず、運賃は高い。それでも登録される理由】
地方部では、特定大型登録によって、
- 駅の乗り場に入れない
- 大型枠がなく付け待ちできない
- 利用者から「高い」と言われやすい
といったデメリットが生じます(苦笑)。
それでもタクシー会社が、あえて特定大型登録を選ぶ理由は明快です。
それは、経営的に、圧倒的に有利だからです。
【1500ccで“大型料金”が取れる構造】
シエンタの車両価格は、約250万円前後ですが、その 一方、従来の特定大型車であるアルファードやエルグランドは、600万円を超えます。🤷♀️
それにもかかわらず、運賃は「特定大型」として同等に設定可能です。
さらに、
- 燃費はクラウンのほぼ2倍
- 消耗品コストは大幅に低い
- 人件費は普通車と同じ
というふい数の条件が重なります。
結果として、車両コストは普通車並みで 売上単価は大型車クラス。・・・という、非常に効率の良い経営構造が成立します。
駅に入れない、客から不満が出るといった問題は、この収益性の前では十分に許容範囲と判断されてしまいます。
【制度が「収益モデル」に変質した瞬間】
本来、特定大型車とは、多人数輸送や高付加価値輸送のために設けられた区分でした。
しかし現在では、「7人乗れる構造」 =「大型料金が取れる」
という形式的な論理だけが残り、制度そのものが収益モデル化しています。
その結果、1500cc・実用4人という車が、制度上は「大型車」として扱われるという、極めて歪んだ状態が生まれました。
【制度疲労の象徴】
シエンタ問題は、単なる車種区分の話では無く、結果、制度が現実に追いつかなくなった結果として生まれた、典型的な制度疲労だと言える様な気がします。
首都圏では現場の実態に合わせて普通車扱いとし、地方では制度の建前が優先されて特定大型になる。この地域差こそが、制度の限界を端的に示しています。
1500cc・7人乗り・特定大型。・・・ この奇妙な組み合わせは、タクシー制度が抱える構造的矛盾を映し出す、分かりやすい象徴なのかもしれませんネ。
