日本だけの自動運転は「レベル2++」は必要なのか?

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今回は「本だけの自動運転日「レベル2++」は必要なのか?」を書こうと思います。 

とりま、国土交通省は、ドライバーの関与をほぼ必要としない高度な運転支援「レベル2++(プラスプラス)」の認定制度を創設すす。 

国が技術の優良性を担保することで、車両購入を検討するユーザーに安心感を与えることが目的だそうで、今後、技術要件の詳細などを詰めて2026年中の制度創設を目指すそうです。 

そこでレベル2++とは何ぞや?と思いますが、一言で言うとレベル3に近いレベル2って事の様です。 

ぶっちゃけると、高度な運転支援のレベル2をさらに進化させ、自動車専用道路などでドライバーがほぼ監視を必要としない=アイズオフに近い高度な自動運転技術だそうです。 

最近、日本で「レベル2++」という言葉をネットパトロールで目にする機会が増えてきました。 
 
自動運転の進化を示すもののように見えますが、海外では使われていない表現で日本固有の自動運転技術の表現です。 

世界と同じ技術領域を指しているはずなのに、日本だけ違う呼び方をしていて、この違和感はどこから来るのでしょうか?。 

【レベル2++とは何か】

 まず整理しておきたいのは、「レベル2++」は国際的な正式区分ではないという点です。 

自動運転のレベルは本来、SAEが定めた0〜5の区分で世界共通とされています。その中でレベル2はあくまで「運転支援」に過ぎません。 

Teslaですら 👉 「自動運転ではない」と明確にし続けています。もし「2++」みたいな曖昧な表現をすると、誤解して事故 → 訴訟で不利👉 だからレベル2++の様な曖昧な中間ラベルは避けます。 

逆にドイツのベンツは、条件を極限まで限定せて法整備とセットで導入 👉 「中間を作る」ではなく「使用条件は狭くてもいいから正式にレベル3」って事の様です。 

実際には、従来のレベル2とは比べものにならないほど高度な機能を持つレベル2の車が登場しています。 

手放し運転や高度な車線変更など、一見すると自動運転に近い挙動も可能になっています。こうしたベル「進化したレ2」を区別するために、日本では「レベル2++」という表現が使われるようになりました。 

【海外はなぜ同じことをしないのか】 

一方、アメリカやヨーロッパでは同じような状況でも「2++」という言い方はほとんど見られません。その理由は至極シンプルで、「曖昧な表現がリスクになる」からです。 

例えば、ユーザーが「ほぼ自動運転」と誤解して事故を起こした場合、「その表現が誤解を招いたのではないか」と責任を問われる可能性があります。 

特に訴訟社会のアメリカでは、この種の曖昧さは避けられる傾向にあります。そのため、あくまでレベル2ならレベル2と明確に言い切り、差別化は機能名やブランド名で行うのが一般的の様です。 

【日本の表現は何を意味するのか?】

 では日本の「レベル2++」は何なのでしょうか?。これは技術的な進歩と制度の間にある隙間を埋めるための言葉だと考えられています。 

本来、レベル3に進めばシステムが運転主体となり、責任の一部もメーカー側に移ります。しかし日本ではこの責任問題や法整備のハードルが高く、簡単にはレベル3に移行できません。 

そこで、「レベル2のままでは説明しきれないが、レベル3とも言えない」という中途半端な状態が生まれます。 

「レベル2++」は、まさに中途半端なその状態を表すための暫定的なラベルです(苦笑)。 

【レベル2++、それは本当に必要なのか】 


ここで疑問が出てきます。わざわざ独自の呼び方を作る必要はあったのでしょうか?。 

見方によっては、「結局レベル2のままなのに、特別感を出しているだけなんじゃネ?」という印象を持つのも無理はありません。特に海外と比較すると、日本だけが細かく分類しているようにも見えますし現実そうです。 

一方で、技術の差をユーザーに伝えるという意味では一定の役割を果たしているのも事実です。問題は、そのレベル2++の伝え方が国際的に整合していない点にあります。 

【自己満足なのか、それとも過渡期なのか?】 

「レベル2++」が自己満足に見える理由は、世界共通の枠組みから外れていることにあります。ただし完全に無意味な概念かと言われると、そうとも言い切れない様です。 

現状は、自動運転技術が制度や社会の受け入れ体制に追いついていない過渡期です。その中で生まれた言葉だと考えれば、ある意味で言えば途中経過とも言えます。 

ただし長期的に見れば、こうした独自表現はいずれ整理され、最終的には国際基準に収束していく可能性が高いでしょう。・・・知らんけど(笑) 

【最後に】 

日本の「レベル2++」は、技術の進化と制度の遅れの間で生まれた日本独自の表現です。国内では便利な一方で、国際的には通用しにくく、誤解を招く可能性もあります。 

それを「自己満足」と見るか、「過渡期の工夫」と見るかの答えは一つではありませんが、少なくとも今の自動運転が「まだ完全ではない」ことを示している点だけは、共通していると言えそうです😱