なぜ川崎市に「多摩区」?、タクシー営業区域の三多摩地区とのズレに感じる違和感の正体

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今回は「なぜ川崎市に「多摩区」?、タクシー営業区域の三多摩地区とのズレに感じる違和感の正体」を書こうと思います。 

とりま、最近はブログでタクシーの営業区域の事ばかり書いているので自分でも草です。😱 

タクシー業界や地理に詳しい人ほど、一度は感じたことがあるのではないでしょうか。・・・知らんけど(笑) 

「東京には三多摩地区があるのに、なぜ神奈川県の川崎市にも多摩区があるのか?」という違和感です。 

同じ“多摩”という名前が使われているにもかかわらず、行政も営業区域もまったく別なので、このズレはなぜ生まれたのでしょうか?。 

【「多摩」はもともと広い地名だった】 

まず前提として、「多摩」という言葉自体は東京都の専用名称ではありません。もともとは多摩川流域に広がる広域的な地名で、行政区分よりもはるか昔から使われてきた自然由来の呼び方の様です。 

そのため、の北川側であろうと南側であろうと、「多摩」と呼ばれること自体には何の不思議もありません。 

【三多摩地区は後から作られた区分】

  
一方で、私たちがよく耳にする「三多摩地区」は、三多摩地区という東京都内の区分を指す言葉です。これは北多摩・南多摩・西多摩という行政的な区分から生まれたもので、さらにタクシー業界では営業区域として北多摩地区・南多摩地区・西多摩地区も使われています。つまりこちらは、制度や業界の都合によって後から整理された枠組みの様です。 

【川崎市の多摩区は地理から名付けられた】

  
ここで問題になるのが、神奈川県側の川崎市にある多摩区の存在です。の区名は、1928年以前はは神奈川県橘樹郡 稲田町で、以降は川崎市に編入され川崎市稲田町になり、川崎市が政令指定都市となった1972年に誕生したこの多摩地区地域がになります。 

地域が多摩川沿いに位置していることから名付けられた様で、つまり命名の基準はあくまで地理的・歴史的なものであり、東京都の三多摩とは直接の関係はありません。 

余談ですが、1928年より前は登戸 ・宿河原・中野島・菅 などこれら全部をまとめて 「稲田町」という1つの行政単位でした。 

編入後の状態はこうなります👇 

  • 川崎市登戸  
  • 川崎市宿河原  
  • 川崎市中野島  
  • 川崎市菅  

👉結果「稲田町」という名前は消えました。 

【名前と制度のズレが違和感を生む】 

しかし、実務の現場、特にタクシーの営業区域を意識すると、この違いが強い違和感として表れます。 

「多摩」と聞けば三多摩地区を思い浮かべるのに、実際には川崎市多摩区は別エリアとして扱われています。 

この名前は同じなのに中身が違うという今の状況が、混乱の原因になっている様です。結局のところ、この違和感の正体は「地名」と「制度」が別々に作られていることにあります。 

ってか、違和感を持っているのは自分だけ(笑)多摩区には「読売ランド」や「藤子・F・不二雄ミュージアム」が有り、タクシーで拾うとラッキー(笑)😊